アドバンテスト 50年の歩み アドバンテスト 50年の歩み

1954武田郁夫、東京都板橋区熊野町に「タケダ理研工業株式会社」を創業。

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1954年7月1日、タケダ理研工業株式会社(アドバンテストの前身)は、東京都板橋区熊野町において創業されました。当初の従業員は、創業者である武田 郁夫社長以下3名で、3坪の事務所と4坪の作業場があるだけの狭い会社でした。

当社初の自社製品は、1954年12月に発売された微少電流計「マイクロ・マイクロ・アンメータ」です。 武田社長は創業前、逓信省電気試験所・神代分室にてガルバノメータ(検流計)を使った経験がありました。しかし、ガルバノメータは「暗い場所でしか使えない」、「大きくてジャマ」、「振動に弱い」など大変不便な測定器であったため、これに代わる電子式微少電流計を手作りしたことがあったのです。この経験を生かし、ガルバノメータの欠点を克服した便利な測定器を販売したところ、大変よく売れました。今で言う「ニッチ市場」攻略が見事にあたった好例です。この独創性と先端技術を追求するDNAは、創業以来50年間、すべての製品開発における基本として受け継がれ、そして、これからも脈々と継承されていくことでしょう。

1962世界最高性能・直接計数105MHzのエレクトロニック・カウンタ「TR-3189」を発売。
日刊工業新聞社の「1962年・十大新製品賞」に選ばれる。

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1961年、当社は昭和36年度通産省試作研究補助金を受け、周波数測定範囲100MHzのエレクトロニック・カウンタの開発に着手しました。これは、10~20MHzのカウンタしかなかった。当時としてはかなり画期的なスペック。従来の真空管を使った回路では100MHzの速度が実現できなかったことから“トランジスタ”とノーベル物理学賞受賞者、江崎玲於奈博士の発明した“トンネル・ダイオード(エサキ・ダイオード)”を採用したものの、品質の良いものを入手するのには非常に苦労しました。

そして1962年9月、世界最高性能・直接計数105MHzの周波数カウンタ「TR-3189」を発表。1963年、1964年とアメリカで開催された展示会にも出品し、大変注目を集めました。当社はこの製品で、日刊工業新聞社選定の「1962年・十大新製品」を受賞しています。常に世界最高性能を誇る直接計数を実現し、多品種・高信頼性・小型化・低価格化によって市場ニーズに応えてきた当社は、以来「デジタル・カウンタのタケダ理研」の名を不動のものにしました。

1971周波数軸の万能アナライザとして、トラッキング・スコープ「TR-4100」を発売。
「スペクトラム・アナライザ」の始まり。

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ICの発達とコンピュータの普及は電子工業に大きな発展をもたらし、電子計測器にもより高い精度と扱いやすさが求められるようになりました。特に、いろいろなパラメータを1台で測定できる汎用測定器や、通信機器の変調度の精密測定に対する要求が持ち上がっていたのです。そこで当社では、トラッキング・ジェネレータとデジタル・カウンタを内蔵し、周波数軸での測定を1つにまとめた製品を企画。1968年に開発をスタートし、1971年2月に、1GHzの高性能を持つトラッキング・スコープ「TR-4100」の発売に至りました。これが当社における「スペクトラム・アナライザ」のルーツです。

発売当初は、輸入に頼っていたキー・デバイスの品質問題などで大変な苦労もありました。しかし同じ頃、テレビ・メーカーがUHFを始め、チューナーも真空管からトランジスタに代わり、しかも周波数帯域が1GHz必要となったことで、市場ニーズにジャストフィット。競合会社はまだ1GHzを発売していなかったこともあり、テレビ・メーカーから大いに歓迎されて、拡販に成功しました。

1972国産初、最高試験速度10MHzのLSIテスト・システム「T-320/20」、および、メモリ・テスト・システム「T320/30」を発売。

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日本におけるICの生産は、1971年に電卓用LSIの国産化が可能となり、次いで1972年にカラーテレビの駆動回路にICが使用され出してから一気に拡大しました。このように半導体産業が急速な発展を遂げるなか、それまで完全に輸入に頼っていたICテスト・システムの国産化を望む声が高まりました。機械振興協会はその声を受けて、昭和45年度の新機械普及促進事業に「集積回路試験装置の開発」を採用。当社は、同協会集積回路試験装置分科会(委員長 垂井康夫氏)の指導のもと、国洋電機工業(株)の協力を得て開発にあたり、1971年9月に試作・試用を完了しました。

この時に培った技術をベースに、1972年6月、当社は国産初となる高速ICテスト・システムとして、ランダムロジック用のLSIテスト・システム「T-320/20」とメモリ・テスト・システム「T320/30」を発売。このシリーズの発売によって、「ICテスト・システムを国産に置き換え可能になった」と高い評価を得ました。

197610MHzのLSIテスト・システム「T-320/60」、および、メモリ・テスト・システム「T-320/70」、「T310/31」を投入。「T310/31」は、DRAM試験ができる世界唯一の実用機としてベストセラーに。

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半導体技術の急速な進歩に伴ってICが複雑・多様化する中で、1976年4月、当社は試験速度10MHzのLSIテスト・システム「T-320/60」、およびメモリ・テスト・システム「T-320/70」を発売しました。これらは、お客様からの具体的なご要望を取り入れた初めてのシステムであり、日本の市場動向にマッチしてよく売れました。また、同年5月には、量産ライン、受け入れ検査用に最適な10MHzのメモリ・テスト・システム「T310/31」を発売。低価格ながらも上位機種に劣らない機能を持ち、DRAM試験ができる世界で唯一の実用機としてベストセラーになりました。

1978NHKの技術指導を受け、フィールドでの電波測定用に、低価格・小型軽量のポータブル・スペクトラム・アナライザ「TR-4132」を開発。CATV、有線放送網や機器のメンテナンスに貢献。

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1970年代後半、高度経済成長の恩恵を受けた日本では、都市部に高層ビルが次々と出現し、電波の受信障害が社会問題となっていました。そんな折、日本放送協会(NHK)から、「放送電波の測定や使い勝手を指導するので、難視聴調査用のスペクトラム・アナライザを開発しないか」と声がかかりました。

開発にあたっては製造コストの削減に非常に苦労しました。しかし、輸入に頼っていたキー・デバイスの国産化にこぎつけ、加えて、調整箇所を減らす設計で極めて高い生産性を実現できたことで、何とか低価格での販売が可能になりました。 1978年4月、小型・軽量・低価格のポータブル・スペクトラム・アナライザ「TR-4132」を105万円という低価格で発売したところ、開発パートナーのNHKで全国に展開されて百数十台を納品。さらに、テレビ業界全体に年間1,000台売れ、大ヒット商品となったのです。

1982米国ニュージャージー州に現地法人Takeda Systems, Inc. (現Advantest America, Inc.)を設立。世界市場向け戦略商品として発売した「T-3340」が高く評価され、大ヒットとなる。

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1982年度の当社の経営基本方針は「今年は米国に現地法人の販売会社を設立し、本格的な米国上場をスタートさせる年」とあります。1981年度に売上高が200億円を突破し、従業員数も1,000名を超える規模となっていましたが、さらなる成長に向けては米国への輸出を成功させ、事業をグローバルに展開していくことが必要でした。

そこで、メモリが主流の日本市場に比べ、ロジックLSIの比重が高かった米国市場への本格参入を果たすべく、 戦略商品として開発されたのが試験速度40MHzの「T3340」です。性能面でも価格面でもきわめて高い優位性を持つこの製品は、半導体の研究開発で世界的に有名だった米通信大手のAT&Tのベル研究所に採用されたのを機に、次々と売れ始めました。特に、競合会社が設置に1ヶ月かかるところ、当社製品はたったの1日で完了し、翌日にはテストを始められるという点がお客様に大変喜ばれました。米国では、実績よりも製品自体の良さに着目するというフェアな土俵があり、極東の名もない企業がロジック・テスタ市場を席捲。1986年には米IBM社から「品質功績賞」を受賞、1993年には米AT&T社から、長年のパートナーシップに対する感謝状をいただきました。

1985社名を「株式会社アドバンテスト」に変更。

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社名を「株式会社アドバンテスト」に変更。 1985年9月2日、当社は東京証券取引所市場第二部上場から2年7ヵ月後という早さで、市場第一部への指定変えを果たしました。これを機に同年10月1日、創業以来長年にわたって使用してきた「タケダ理研工業株式会社」という社名を、より 簡明で先進的な企業イメージへと一新すべく、「株式会社アドバンテスト」へと変更しました。

アドバンテスト(ADVANTEST)とは、“Advanced Test Technology”(先進的な計測技術の意)からとった造語であり、もともとは1982年の海外進出以来、半導体試験装置の輸出にあたって使用してきた製品ブランド名でした。新社名検討の際に、「技術開発型企業としてのイメージを世界に広めるのに最適」として、すでに国内外に浸透していたこのブランド名を社名に採用しました。

1990世界的レベルの絶対確度を持つ「ジョセフソン電圧標準器システム」を設置。
民間企業での実用化は世界で初めて。

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測定機器にとって高品質とは、単に故障しないというだけでなく、「測定結果が国家標準に対し一定の確度を保っている」ことが絶対条件です。当社は創業当初より「測定結果のギャランティ」をスローガンに掲げ、高確度の標準機を社内に擁して、国家標準へのトレーサビリティを保証してきました。1990年、11月には群馬工場内の新しい標準器室に、世界的レベルの絶対確度を持った「ジョセフソン電圧標準器システム」を設置。これは電子技術総合研究所(現:独立行政法人産業技術総合研究所)の技術指導を受けて開発されたもので、第1号機は電総研に、第2号機が当社に設置されたのでした。第2号機は、1号機と同じ絶対確度0.01ppm(10-8)の精度を持つ上、コンパクト設計で自動化も進んだ扱いやすいものでした。

1991年7月の電総研創立100周年記念式典では、「ジョセフソン接合アレー電圧標準システムの研究開発」に対する協力が高く評価され、柏木寛所長(当時)より感謝状をいただきました。また、1993年9月には、パリのBIPM(国際度量衡標準局)より電総研を通して、10Vジョセフソン電圧標準のため当社が開発したミリ波周波数安定化回路を提供したことに対し、感謝状をいただきました。

1991米VLSIリサーチ社が実施した「90年半導体製造装置顧客満足度調査」で、第1位に選ばれる。

1991年、米国カリフォルニア州の市場調査会社VLSIリサーチ社が発表した「1990年度半導体製造装置の顧客満足度調査」において、当社が第1位に選ばれました。
この調査は、米国内で半導体産業に従事する人を対象に、製造装置の稼動状況や技術の先進性、アフター・サービスなどに関する満足度を調査したもので、毎年発表される「10 Best」は、世界の半導体製造装置業界における唯一の評価基準として、業界内で広く認知されています。

これ以前の1988年から、当社は連続で 「10 Best」 入りを続けていますが、総合で1位となったのはこの時が初めてでした。ちなみに、現在までに16年連続 「10 Best」 入りを果たし続けています。

1995S-DRAM用250MHz高速メモリ・テスト・システム「T5581」を発売、大ヒット商品に。

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1995年11月、CMOS技術を大幅に採用し、試験速度250MHz、同時測定個数64個を可能にしたSDRAM用250MHzの高速メモリ・テスト・システム「T5581」を発売しました。それまで試験速度の主流が60MHzだったのに対し、競合に大きく水をあける世界最高試験速度250MHzを実現。同時に、従来比約40%以下のサイズに小型化し、省スペース、低コスト化を達成したことで、空前の大ヒット商品となりました。

1996年8月には、新製品の高速メモリ・ハンドラ2機種と組み合わせての販売をスタート。試験効率の飛躍的な向上を可能にしたことで、圧倒的に優位なポジションを占め、このクラスのテスタでは、ほぼ100%に近いシェアを獲得しました。

1998長野オリンピックに合わせ、初めてのテレビCMを放映。

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1998年の冬季長野オリンピックでは、日本選手の大活躍が日本中に興奮をもたらしました。その前年の1997年夏、当社は日経優良企業No.1に選ばれました。売上規模も2,000億円を超え一層の知名度向上とリクルート活動の支援が宣伝活動の大きなテーマとなっていたこともあって、長野オリンピックという大イベントを舞台に、思い切ってテレビCMに初挑戦することになりました。

すべてが手探りの状態からのスタートでしたが、「先端技術を先端で支える」、つまり、先端技術を試験することでその品質を支えるイメージを伝えるために、ハイテクノロジーをバックに「test」の文字に見立てた「テスト虫」がその表面を這い回るという、子供にもわかりやすいCMを制作しました。撮影現場では、体育館のような大きなスタジオにセットが持ち込まれ、1カット、1カットの実写コマ取りを採用。たった30 秒のCMに、一週間という気の遠くなるような時間と細かい作業が費やされました。完成したCMは、1998年2月7日を皮切りに、民放テレビ局の長野オリンピック番組の中で合計22回放映。その後、1998 年9月までの8ヶ月間にわたり、20歳代を対象にしたニュース番組やスポーツ番組にもスポットCMを流しました。

1998アニメ等の安全性確保のための測定器として、映像フリッカ解析システムを開発。

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1997年12月に放映されたテレビ東京の人気アニメ「ポケットモンスター」を見た多くの子供が不調を訴え、大きな社会問題となりました。当社はテレビ東京からフリッカ(急激な光(色)の繰り返し変化)測定器開発の依頼を受け、3月20日にシステムを納品。これを受けて、4月16日から「ポケットモンスター」が再び放映されることとなり、テレビ東京には多くのファンから喜びの声が寄せられたそうです。当時の開発リーダーは、「開発責任者として、また技術者として、人気番組を待つ多くの子供ファンの喜びに一日でも早く貢献できて、本当に良かった」と振り返ります。また、これと前後して、NHKと日本民間放送連盟は1998年4月8日、「アニメーション等の映像手法に関するガイドライン」を発表。単なる映像や光の点滅のみでなく、コントラストの強い画面の反転、規則的なパターン模様にも注意を払う必要があることから、フリッカ中心の測定器に代わる、全機能対応測定器の開発が求められていました。そこで当社では、NHK技術研究所から依頼を受けて「R2311 アニメ等ガイドライン用参考計測システム」を開発。1998年9月に第1 号機を納入しました。

これらのシステムは、NHK、テレビ東京をはじめ多数のテレビ局や、コンテンツ販売を手がける番組ソフトウエア企業で活用されています。また。放送関連業界だけでなく、映像を扱うテレビゲーム機メーカーのソフト評価用としても納入されました。

2001ニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場。

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2001年9月17日、世界的にブランド力を高め、真のエクセレント・カンパニとなることを目指し、米国ニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場しました。9月11日に発生した米国同時多発テロの影響で、当初の予定より3日遅れたものの、取引再開後の最初の企業として上場を果たすことができました。

2002年9月18日、1年越しで行われたオープニング・セレモニーの席では、グラッソー氏(当時のNYSE会長)から以下のお言葉をいただきました。
「“9.11”の悲劇で多くの犠牲者を出し、痛恨の極みである。しかし私はテロに屈しない。一日も早いNYSEの再開が資本市場、自由主義を守るとの信念で頑張った。あの困難な状況の中で、アドバンテストが9月17日の取引所再開と同時に上場を果したことは、私達をも勇気づける永久に忘れることのできない記念すべき偉業だ。そして多くの犠牲者を出したニューヨーク市の警察官、消防士のために、多額の見舞金を寄附してくれたことにも感謝したい。取引開始のベルを鳴らすセレモニーを一年と一日遅れで、今日実行できることは誠に喜ばしい。」

2004創立50周年記念イベントの一環として「アドバンテスト展2004」を開催。
(6月8日~10日・東京国際フォーラム)

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2004年6月8日から10日の3日間、「先端技術を支え続けて50年 未来を拓き、新たな価値を創造する」をテーマに、東京国際フォーラムにて「アドバンテスト展2004」を開催しました。4年ぶりとなる個展では、新製品や技術のお披露目はもちろん、当社の50年のあゆみや、環境保全をはじめとする企業活動のご紹介も行いました。また、基調講演として「日米の巨頭が出会う時」と題し、東京大学の坂村健教授と米カリフォルニア大学の中村修二教授による対談を行ったほか、世界の最先端企業から講師をお招きして最新の技術動向を学んでいただくテクニカル・フォーラムも開催。3日間で合計4,560名の方にご来場いただき、大盛況でした。