自然現象としてのかく乱
例えば山火事で森林が焼かれてしまった場合、それだけで捉えると環境破壊だと考えがちです。しかし実際は、それまで樹木がうっそうと茂っていた場所に日当たりが確保され、日光を求めてこれまで見られなかった新たな動植物がやってきます。このように、生き物の生育環境を大きく変え、新たな世代や種の移入の誘因となる現象を総称して「かく乱」と呼びます。山火事の他、洪水や突風、地震や津波、落雷,雪崩やかげ崩れ、火山噴火といった自然現象はすべてかく乱の要因です。
人々の暮らしにおいて、従来かく乱は一律抑制すべき対象でした、しかし近年、治水や農地改良、都市開発などの分野で注目を集める「グリーンインフラ」と呼ばれる施策では、かく乱における自然本来の回復力を活用しています。河川の護岸をコンクリートで一様に固めるのではなく、水辺の生き物が集いやすい石積みや植栽の導入や遊水池の活用も含めた総合的な治水手法もその一例です。自然現象によるかく乱を適切な範囲で許容し、さまざまな自然環境を育むことで生物多様性の保全を図っています。
人為的かく乱とビオトープ
一方で、森林の伐採、草刈りや野焼き、河川や湖沼の浚渫など、人間の所為によるかく乱もあります。過度の伐採などは砂漠化といった環境破壊を招きかねませんが、適度なかく乱は自然本来の回復力を通じて自然環境に好ましい循環をもたらします。
アドバンテストのビオトープが復元を目指している「失われつつある関東平野の原風景」は、手つかずの大自然ではなく里山を指します。里山では人々が森や河川などを手入れし、自然と共生し恵みを享受しながら暮らしを営んできました。ビオトープでは計画的に草刈りや間伐などを実施し、適度な「かく乱」を通じて多様な生物が集う場所づくりを目指しています。
なお、当ビオトープからほど近い埼玉県行田市にある「古代蓮の里」の蓮は、池の掘削により長年地中に眠っていた種が掘り起こされ開花した、人為的かく乱の一例です。
ビオトープの池では、ガマやヨシなどを定期的に刈り取っています。ヨシは茅葺き屋根などの材料として、昔は必然的に刈り取られていました。また、ヨシ等の水生植物は汚れを吸い取る水質浄化効果があり、汚れを吸い取ったヨシが放置されると、枯れたヨシからまた汚れが池に戻ってしまいます。
「かく乱」と関係の深いビオトープの草花たち
- ミゾコウジュ
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シソ科 学名 Salvia plebeian
花期 5~6月
環境省)準絶滅危惧種 群馬県)準絶滅危惧種
元々ビオトープには無かった種ですが、近隣地域で生えていたものが移入したようです。日当たりのよい水辺や草地の他、周辺の側溝でも見ることができます。発芽から開花、枯死までのサイクルが越年ないし2年を要するため、出現の様子はおよそ2年周期で変わります。
当ビオトープでは、種が完全に熟し株が完全に枯れる時期にミゾコウジュを草刈り機で刈ります。拡散された種は何もしないよりも定期的な草刈りなどで一定の刺激を与えた方が翌年の発芽する株数が増える傾向にあるとされています。この現象は他種の植物においても起こることが学術的にも確認されているそうです。果樹の中では成育を抑えた方が美味しい実がなるとか、バラは枝を上から押さえつけて寝かせる「誘引」と呼ばれる作業により多くの花が咲く、といったエピソードを想起させます。これは、植物が受けた刺激により枯死する前に子孫を残そうと開花結実を行う、植物特有の生態によるものであると言われています。
- イボクサ
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ツユクサ科 学名 Aneilema keisak
花期 8~10月
2015年秋、約10年ぶりにその姿を確認しました。準絶滅危惧種のアサザを植え付けるためにビオトープの一角を耕したところ、土中の古い種が発芽したのではないかと推測しています。名前にもあるように、葉の汁を付けるとイボがとれるという言い伝えがあります。湿地に生える1年草で、淡紅色の花は1日ほどでしぼんでしまいます。
- ネジバナ
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ラン科 学名 Spiranthes sinesis var. amoena
花期 4~9月
毎年草刈り機で刈った草地に出現します。ビオトープ外の芝生にも生えることがあります。草刈りによって日当たりが生じ、かつライバルとなる他の種が刈られるといったかく乱要因がネジバナに適しているようです。花はネジのようにねじれていてとても小さいですが、近づいてよく見るとラン科の特徴である唇弁を確認できます。
- ノコンギク
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キク科 学名 Aster ageratoides var. ovatus
花期 8~11月
ビオトープだより第3号でも紹介しましたが、草刈りを施した場所でよく目にします。こちらも草刈りをしたことで日当たりがよくなることや、他の種の成長が抑制されるなどの力関係の要因が成長を促すと考えられます。
- スミレ
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スミレ科 学名Viola mandshurica
スミレは里山と非常に親和性の高い草花です。しかし当ビオトープでは、タチツボスミレはよく姿を見せるものの、紫色の花のいわゆるスミレと言われる本種はここ5年ほど出現していません。ビオトープ外の事業所敷地内では姿を見ることから、現状のビオトープ以上に人の手が介在した環境を好むのではないかと考えられています。
- オオカワヂシャ
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オオバコ科 学名:Veronica anagallis-aquatica
かく乱は特定外来種の生育を促すこともあります。当ビオトープでは、アサザ生育のための造成地に時折オオカワヂシャが出現します。オオカワジシャは多くの種を拡散させるため放置するとアサザだけでなく他の植物を圧倒するため根こそぎ除去します。ちなみに、在来種のカワヂシャはオオカワヂシャとの交雑が進行し、環境省レッドデータにおいて準絶滅危惧種に指定されています。
チノービオトープフォレストに薪を寄贈
2017年3月3日、ビオトープの森で伐採したクヌギやコナラなどの薪を、株式会社チノー様のビオトープ「チノービオトープフォレスト」に寄贈しました。
チノービオトープフォレストは群馬県藤岡市の事業所内に位置し、面積は10,000m2です。敷地内の池には、環境省レッドリストで絶滅危惧II類に指定されているメダカが数百匹生息しています。また、地域の方々と交流を深める機会として、伐採したコナラを原木に活用したシイタケ栽培体験会も実施しています。今回、体験会の規模が拡大し薪が不足したため、当ビオトープの薪を活用いただくことになりました。
チノービオトープフォレストと当社のビオトープは、共に「昔ながらの自然豊かな関東平野の里山」をコンセプトとし、日ごろから意見交換など交流を行っています。今回を契機に協力をさらに強化し、より多くの方にビオトープや生物多様性を知っていただけるよう努めます。